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鳥羽絵【とばえ】


★歌詞カード★

←左のCD帯をクリックすると歌詞カードが見られます。
*歌詞カードと併せて「簡易ガイド」もご利用ください!


◆主要キャラクター◆
*名前をクリックするとステータス画面が見られます。

升六【ますろく】
 とある商家に勤める飯炊きの下男。
 夜、台所で気持ちよく寝ていたところを鼠に起こされ、捕まえようと意気込む。
ねずみ
 本作のヒロイン。升六に対し密かな恋心を抱く、ちょっぴりおませな子鼠。



◆初演データ◆

 ◎二世桜田治助作詞、清沢万吉作曲
 ◎文政二年(1819)九月、江戸中村座
 *『御名残押絵交張【おんなごり おしえのまぜばり】』という九変化舞踊のうちのひとつ。
 **初演時の内容は「天人、狂乱、黒ん坊、知盛、梓巫女、鳥羽絵、関羽、傾城、玉藻の前」(順序不明。「女伊達」を加えた十変化ともいわれる)。



◆解説◆
歌と踊りで物語を表現する《舞踊》。

◆「鳥羽絵」とは?

 日本の漫画の元祖ともいわれる「鳥獣戯画」の作者・鳥羽僧正が名前の由来とされる漫画的絵画様式が「鳥羽絵」です。宝永(1704~1709)頃に上方(京阪)で肉筆画として誕生しました。
 足が異様に長く目の小さい半裸の人物たちが大口を開けて笑いながら様々なことに挑戦する姿を通して世相を描いたもので、一見グロテスクにも見える過度な誇張を施された人物たちの無邪気な仕草や表情は、見ているうちにじわじわと笑いが込み上げてくる不思議な可笑し味に溢れています。
 やがてそれを模写した本が出版されて何度かブームを巻き起こし、文化文政期(1804~1830)にも復活して持てはやされました。それを受けて作られたのが舞踊の『鳥羽絵』だったのです。

 といっても直接的に元ネタとなったのは「鳥羽絵」そのものというより、それを流行に先駆けて取り入れていた山東京伝の『絵兄弟』という滑稽本です。
 寛政六年(1794)に刊行されたこの本は、似てる構図の絵を見開きに二つ並べて兄弟とし、絵は似てるのに意味がかけ離れていることを楽しもうという「絵の地口遊び」を集めた作品。

 この中で、“羽根を生やして飛んで行く摺古木【すりこぎ】を長い竹竿で追い立てる腰巻ひとつの男”という「鳥羽絵」お馴染みの図が、“初鰹を盗んで逃げていくトンビを追いかける奴【やっこ】”を描いた「初松魚【はつがつお】」という図と対になって使用されています。
*この「初松魚【はつがつお】」の方が先に舞踊化されていて、現在も『鳶奴』として残っています。




◆初演は裸で踊った?

 九つの小品舞踊を連続して踊る《変化舞踊》の中の一つとして書かれた『鳥羽絵』。
 踊った順番ははっきりしませんが、初演の台本にあたったという古井戸秀夫氏の『新板 舞踊手帳(新書館)』によると、

「平知盛から梓巫女に引き抜き、さらに引き抜いて『鳥羽絵』になったのでほとんど全裸に近く、緋縮緬の褌ひとつになって踊った(『鳥羽絵』の内容紹介から一部を要約)」

ということです。


 「梓巫女」というのは「歩き巫女」と呼ばれる渡りの巫女さんの一種。
 その「歩き巫女」の本場は信濃(長野県)らしいのですが、実は『鳥羽絵』の主役にあたる男も「信濃者」と呼ばれる信濃からの出稼ぎ労働者なのです。つまり信濃というキーワードで繋がっているわけですね。

 今では『鳥羽絵』の男は半襦袢に半股引という扮装に落ち着いていますが、初演の時の褌ひとつという出で立ちにも《変化舞踊》ならではの理由があり、工夫が凝らされています。
 

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テーマ : 歌舞伎
ジャンル : 学問・文化・芸術

藤娘【ふじむすめ】


★歌詞カード★
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 *『藤娘』の歌詞には題材の「大津絵」にちなんで「近江八景」がよみ込まれています。それらをまとめた地図はこちらをクリック!




◆初演データ◆

 ◎勝井源八作詞、四世杵屋六三郎作曲
 ◎文政九年(1826)九月、江戸中村座
 *『歌えすがえす余波大津絵【かえすがえす おなごりおおつえ】』という五変化舞踊のうちのひとつ。
 **初演時の内容は「藤娘→座頭」(間に子役の「弁慶・猿・福禄寿」の踊りを挟んで)「天神→船頭→奴(船頭と奴が逆との説もあり)」で、役柄はすべて「大津絵」の画題から。
         ↓ 
 ◎安政元年(1854)七月、江戸中村座
 *三代目中村仲蔵(当時中村鶴蔵)が『連方便茲大津絵【つれをたより ここにおおつえ】』の中で、端唄の「潮来【いたこ】」を足し演出も変えて踊り大当たりをとる。
         ↓ 
 ◎昭和十二年(1937)三月、歌舞伎座
 *六代目尾上菊五郎が仲蔵以来定着していた「潮来」の代わりに、劇作家・岡鬼太郎の書き下ろした「藤音頭」を使い、美術も大幅に変更。「大津絵の藤娘」ではなく「松にからむ藤の精」という新解釈で踊り評判になる。それ以来、この時の演出が繰り返される。



◆主要キャラクター◆

藤の精【ふじのせい】
 松の古木に絡みついた藤の花に宿る精霊。人間の娘の姿を借りて松を口説く。





◆解説◆
歌と踊りで物語を表現する《舞踊》。

◆男狂いの藤娘?

 『藤娘』とは近江国(滋賀県)大津発祥の戯れ絵(元々は仏画)として有名な「大津絵」の画題のひとつで、「藤かつぎ娘」と呼ばれることもあります。
 これは元禄時代(1688~1703)に、京の金持ちの女性や遊女の間で“派手に着飾って近郊の寺社などに物見遊山に出かけ、その豪華さを競い合ったり(いい男を探したり)する遊び”が流行したのを風刺したものといわれますが、振袖の片肌を脱いで藤の枝をかたげた絵姿は《能》から来ているようです。

 《能》には、神憑りの真似事を生業とする「狂女」と呼ばれる渡り巫女を主役にした《狂女物》というジャンルがあり、その「狂女」の衣装が唐織を肩脱ぎにし、手に笹を持つというもの。大津絵の「藤娘」の格好とそっくりです。
 つまりこれは色狂い恋狂いが目的の享楽的な女たちを「狂女」に見立てた大津絵職人のきつい冗談なのです。




◆「大津絵」といえば

 「大津絵」が登場する有名な物語に、宝永五年(1708)の人形浄瑠璃作品『傾城反魂香【けいせいはんごんこう】』があります。
 後に歌舞伎に移されて現在でも人気の高いこの作品には、「大津絵」の創始者といわれる吃音の絵師・浮世又平(通称・吃又【どもまた】)が登場します。

 物語の後半に、彼の描いた「大津絵」が次々と実体化して悪者を翻弄するという見せ場(現在ではカット)があるのですが、これを《変化舞踊》へと書き変えて上演したのが『藤娘』を含む『歌えすがえす余波大津絵』なのです。
 *ちなみに「創始者=又平説」は作者の近松門左衛門が作り上げた嘘っぱちだそうです。たくさんの人が見事に騙されました。モンモン先生、相変わらず絶好調ですね。



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ジャンル : 学問・文化・芸術

蝶の道行【ちょうのみちゆき】

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*ゲーム画面で楽しくわかる!
 →あらすじ


◆初演データ◆

 ◎並木五兵衛(五瓶)
 ◎天明四年(1784)閏一月、大坂嵐他人座
 *歌舞伎作品『けいせい倭荘子(けいせいやまとそうじ)』の《道行》として演じられる。が、曲調は今と全く異なる。
         ↓ 
 ◎文政元年(1818)十二月、大坂稲荷境内
 *原作の《道行》とその直前の話だけを抜き出し、人形浄瑠璃(文楽)の作品として作り変えた『傾城倭荘子』が上演される。その際に曲調を大幅に変えたものが今に残る『蝶の道行』。
         ↓ 
 ◎文久元年(1861)三月、大坂座摩神社境内
 *それまで『二世縁花の台【にせのえんはなのうてな】』もしくは『しづの手わざ 四季のたわむれ』という曲名で呼ばれていたのを、初めて『蝶の道行』と改題して上演。


↓下のCD帯をクリックすると歌詞カードが見られます。



*歌詞の中にある「かぎかっこ」の部分は、歌の一部として語られます。役者の台詞ではありませんのでご注意ください。




◆解説◆

歌と踊りで物語を表現する《舞踊》。

◆原作は歌舞伎?人形浄瑠璃?

 最初は歌舞伎として演じられ、後にその一部が人形浄瑠璃用に作り直されて復活したのがいわゆる『蝶の道行』で、現在の歌舞伎版の演出はその浄瑠璃版を更に歌舞伎用にアレンジしたものです。

 江戸時代から歌舞伎と人形浄瑠璃は深い関係にあり、特に歌舞伎には人形浄瑠璃を原作にした演目が多く見られます。
 しかし『蝶の道行』の演出が確立されるまでの流れを見れば、それが一方的な関係ではなく、持ちつ持たれつでお互いの良い部分を吸収しあって来たことがよくわかります。

 現行の演出は昭和三十七年(1962)六月、歌舞伎座で上演した時のものを採用することが多いようですが、歌舞伎に戻ってきたのが昭和に入ってからなので古典に比べて自由度が高く、衣装や振付も含めて様々の形があります。
 そのため自分の好みに合った演出に出合えるかどうかで作品の印象が大きく変わる作品といえるでしょう。




◆「荘子」とは?

 原作の題名にある「荘子(そうじ)」とは中国に実在した思想家・荘子(そうし。こちらは濁点なし…紛らわしい)の記した書物の名で、その人の有名な説話に「胡蝶の夢」というのがあるそうです。

「夢の中で蝶になった。目を覚ましたら荘子(いつもどおりの自分の姿)だった。
 これは人間の荘子が蝶の夢を見ていたのか?それとも私は本当は蝶で、人間の荘子になった夢を見ているのか?
 私にはわからないが、どちらにせよ私は私だ。」
というもので、ようするに「コジコジはコジコジだよ」みたいな事でしょうか。

 歌舞伎には中国の"故事"を無理矢理"こじ"つけたネタ(何だかさっきから"コジ"ばっかりですね…)が多く見られます。
 『~倭荘子』の場合も「胡蝶の夢」から引いていますが、厳密に元々の意味を活かしているわけではなくイメージを利用しただけと考えるのが自然でしょう。

 『蝶の道行』では他にも「万歳歌」や「馬子唄」の歌詞をアレンジして使っています。
 どちらも一見するとただの雑なコラージュに思える乱暴な引用なのですが、それだからこそ生まれる一種異様な雰囲気が作品にとても活かされています。




◆始めからクライマックス!

 歌舞伎ではよくあることですが、この作品は長い話の一部分だけを抜き出したせいで全体の流れがまったく掴めません。
 前後の物語がわからないままクライマックスだけを見せるという「名作アニメの最終回特集」的手法はある意味で大変に贅沢なことですが、ありがた迷惑だと感じる方も多いでしょう。
 単純に“つまらないから上演しない”場合も多いので一概には言えないのですが、《通し上演》でこそ面白くなる作品があるのも事実です。
 はたして『蝶の道行』がどちらにあたるのか、あらすじを読んで想像してみては如何でしょうか?




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ジャンル : 学問・文化・芸術

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けものはし

Author:けものはし
歌舞伎の新しい楽しみ方を模索するブログ
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